田母神論文を巡る騒動に関する私的見解


1 はじめに
 田母神前空幕長(以下「前空幕長」)が投稿した論文が世上を騒がせているようだが、まず、この論文に対しては同意することを表明する。
 そして、この件によって、空幕長を更迭し、その上、自衛官としても退職させた政府の処置に対して深い憤りを表明する。
 ただし、「正しいことを言って何が悪い」というような偏狭な気持ちからではない。自説と異なる見解に対する無理解、無慈悲、偏狭さに対しての憤りである。


2 田母神論文は「空気」に「水を差した」勇気ある行為
 前空幕長の更迭について、その理由は、「政府見解と違う見解の論文を自衛隊の要職にある者が投稿したから」だという。また、懸賞論文の投稿に際して、防衛大臣の許可をとっておらぬという点も批判されている。
 では、そもそも決められた手続きに沿えば、申請することは可能だったのだろうか。「許可」は下りたのだろうか。否、いくら正当な手続きを踏んだとしても「許可」はおりなかっただろう。なぜならば、「日本が侵略国家だというのはまさに濡れ衣だ」という前空幕長の主張は、「政府見解に反する」からだ。
 正当な手続きを踏もうとしても、決して、政府の歴史見解とは異なる意見である限り許されないのであれば、それは「言論の封殺」という他はない。「政府見解」なるものが唯一絶対の歴史認識であり、それに対する異論が「言葉狩り」されるような現状は「全体主義」と言うほかはない。
「空気」についていろいろと分析してみたのですが、結局こういうことであろうと思います。いわば臨在感的把握というか、何か見えざる対象があって、それに感情移入をする。感情移入することによって今度は逆にその対象にその対象に自分が拘束されてどうにもならなくなる状態、これが「空気」なのではないか。(『空気の研究』山本七平)
 わが国には「『村山談話』を踏襲せざれば人でなし」という「空気」がある。「日本を侵略国家」だとする「村山談話」そのものの真偽や根拠については一切顧みられることなく、「心情的に」これに賛成する者は「いい人」であり、その信憑性について疑義を示す者は「悪い人」になってしまっている。
 政府やマスコミの過剰ともいえる反応や「村山談話」への偏執、異常な思い入れは「空気」に拘束されている証左である。その空気がわが国の主体的な価値判断をも拘束することをこそ前空幕長は最も恐れたのではなかったか。
私はまず決心した。生涯たとえいかなることがあっても、「あの状況ではああ言わざるを得なかった」とか「私の立場ではこう言わざるを得ない」という言葉は口にすまい。また、そういう言葉を口にするような精神状態にはなるまい。その結果、どのような非難が来ようと非常識だと言われようと意に介すまい。もし、それができないと思ったら、生涯一言も口を聞くまい。(『空気の思想史』山本七平)
 これも、山本七平氏の言葉だが、前空幕長も同じような気持ちだったのであろう。どうしても日本を侵略国家に貶めておきたい「空気」に対して、職を賭して「水を差した」行為として評価できる。
3 空幕長として本当に「不適切」ならば「懲戒審査」を
 一方で空幕長という職位にある自衛官が懸賞論文に応募したことが「不適切」だという批判もある。それならば是非、更迭した後、定年延長の打ち切りなどというやり方ではなく、しっかりと「懲戒審査」をしていただきたかった。「政府見解」とやらに異なる論文を投稿することがどれほどの懲戒に値するのかについて「決められた手続きに従って」粛々と審議すればいいものを、選挙が近いという事情もあるからか、それを避けて退職金の返納を求め、実質的に懲戒免職を取ろう、などという姑息な策を用いることこそ「不適切」である。
4 「シビリアン・コントロール」は機能している
 また、田母神前空幕長の行為が「シビリアン・コントロール」を逸脱しているという指摘もなされているが、「シビリアン・コントロール」とは「自衛隊の運用」に関して、政府がコントロールすることであり、決して自衛官の思想や信条までを統制するものではない。
 もし、前幕僚長が「私の見解は政府見解と異なるので、今後航空自衛隊の任務はサボタージュする」となれば「シビリアン・コントロールの逸脱」と批判しても差し支えないが、本日ただ今この時も、日本列島各地のレーダーサイトでは航空自衛官が監視の任に着いており、パイロットや整備員が対領空侵犯措置のためのアラートを続けている。日本国に止まらず、世界の各地で自衛官は任務を継続しているではないか。決して「シビリアン・コントロールの逸脱」など生起してはいない。
 「シビリアン・コントロール」の要諦とは、自衛官の思想を統制することではない。自衛官の心を政治の掌(たなごころ)に乗せることである。
 「シビリアン・コントロールの逸脱だ」と金切り声を上げる前に、政治家は自信の経綸や歴史観、安全保障政策を選挙の際に世に問うたことがあるかどうかをよく考えてみて欲しい。
 自衛隊は装備品の集まりではなく、血の通った人間の集団である。
 政治に携わる者は、自衛官がその職能を遺憾なく発揮して、任務を遂行することができるよう、あるいは、「武装集団の一員」という理由で、いわれなき差別をされぬように「慈悲の心」を示してくれればそれでいいのだ。自衛隊は決して増長などしない。
 某テレビ番組で「自衛隊のトップもそれ以下も同じような考え方だとすれば、再教育しないといけない」と発言した与党幹部がいたが、極めて残念である。このような「無慈悲」かつ自衛官の人間性を認めないような考え方こそ、思想の操作であり、日本国憲法19条に謳う「思想及び良心の自由」への侵害である。
 「シビリアン・コントロール」の名目のもと思想統制を強化するようになれば、武人であるはずの自衛官が「政治将校」になりはててしまうのではないだろうか。物事の善悪是非を「ものの道理」ではなく、「政府のおめがねにかなうかどうか」で判断する自衛官ばかりだったら自衛隊はどうなってしまうのだろうか。読んで字の如く「自らの組織を衛る隊」に堕し、精強さを失い、それこそ「国益に反する」結果を招くだろう。
5 おわりに
 「裸の王様」という童話をご存じだろうか。詐欺師に騙され、見えもしない衣装を身にまとう王様を、見物人も馬鹿と思われてはいけないと同じように衣装を誉めそやすが、ある子供の「王様は裸だ!」との叫びによって、見物人も「やっぱり王様は裸だよな」と気づくのである。
 しかし、今の日本では「王様は裸だ!」と言うと「空気を読めない奴」としてその職を奪われてしまうのだ。かくて見物人は本当に「馬鹿者には見えない服」があると信じ込んで、「王様」を褒め称え続けるしかなくなるのである。
 物事の「真偽」よりも「空気」が優先される社会は人間にとって本当に幸せなのだろうか。どれほどのことができるかはわからぬが、いつまでも「王様は裸だ!」と我々も叫び続けるしかない。

福岡県郷友連盟理事:日下部晃志
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この記事へのコメント

  1. nakano より:

    田母神論文に賛同します!

  2. 章姫 より:

    初めてコメントいたします。
    私自身は、最初田母神論文に接したときに、歴史を学んだ者として、史料や資料の引用の仕方などの方法にかなりの違和感を覚えたものです。言い方を変えるならば、大河ドラマ『篤姫』の庭田嗣子が、江戸方の不作法を非難するような目で読んでいたのが本当のところでした。
    でも、文章の内容としては、決して間違ったことは言っていないと思いました。
    特に11月から12月ぐらいの時期、田母神空将のブレない態度に比べて、マスコミや政治家、学者たちが「いい人」になろうと汲々としている姿を目の当たりにして、醜いと思いました。
    今では世間の一部が田母神空将の話をきっかけに考えが変わりつつあるのを見て、かつて彼を首にする側でもあった政治家の一部は田母神空将に政治家にならないかと言っているけれど、それもきっと世間の空気を反映しているのでしょうね。

  3. 日下部晃志 より:

    >章姫さま
     コメントありがとうございます!見解を書きました福岡県郷友連盟理事の日下部と申します。
     
     田母神論文の内容に対する見方、考え方はいろいろありますね。私も「この論文は全て正しい」という立場ではありませんし、論文の正当性を擁護するのではなく、「言論の自由」に対する封殺が「村山談話」によってなされていることを顧みようともしない政府当局への批判として書いたつもりです。
     田母神さんのブレない姿勢は立派ですね。どこからか「政治家に」という声もかかっているのでしょうね。ただ個人的な見解ですが、最早わが国には現在「保守政党」と呼べる政党は最早ありません。なかなか難しいかもしれませんが、既成の政党ではなく、かつての民社党のような政党を作られればよいかもしれませんね。
     WBCの日本代表を「侍ジャパン」と呼称しておりますが、国民を代表する政治家の中にこそ「侍」がいて欲しいものですね。

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