政治家の人格的欠陥により、歴史はしばしその犠牲となる


 政治家の人格的欠陥により、歴史はしばしその犠牲となる(モサド高官の言)
(西村眞悟著「中国の恫喝に屈しない国」を読み進めて)
 巨大地震の残した爪痕で最も危険が迫っているのは、福島第一原発の事故であろうと思います。現場で必死に事故の拡散を食い止めようと努力されている現場の人々の奮闘には頭が下がります。技術的に世界に誇る日本の技術が何故、いとも簡単に破られたのでしょうか。
原発事故.jpg

福島原発事故

 自然の持つ力の物凄さを改めて思い知らされると同時に、個人的には邪推の域を出ませんが、日本の組織に共通するマネージメントの問題があったのではないかと思います。それは、戦後の「空気」である「利益至上主義」のもとに経費をできるだけ少なく、経費のかかることは真剣な内容の吟味はされず、されないどころか、はなから歓迎されない雰囲気があり、最初は小さな無理、小さな現場へのしわ寄せによって得られた成功が、トップには自分の頭脳と経営手腕が勝ちとった成功と解釈され、翌年にはその無理をして勝ち得た成功を土台として対前年100数パーセントの計画が組まれる。しわ寄せはますます高まり、現場より挙げられる問題点のうち、経営トップにとってそうあってほしくない内容は無視するか、下への「改善命令」で責任転嫁され、命令や観念的な会議を経さえすれば「後は何とかなるもの」という意識のもとに物事が進んでいく、そこには科学的な分析思考や、具体的な案を伴わない、まるで御神託のような決定が告げられるという企業組織文化があったのではないでしょうか。
 それともう一つは、経営トップになればなるほど、問題解決能力が無いという現実です。指揮官というより、社会的な名声とステイタスに憂き身をやつすのが仕事だと思っている村の村長的な存在です。そこには、朝鮮戦争時、70歳の年齢をいとわず最高指揮官として現場を駆け巡ったマッカーサーのような精力絶倫な気概を感じません。ここに「お仕事の邪魔する上司の思い付き」の川柳が生まれる企業風土があるのでしょう。
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ダグラス・マッカーサー

 一方、東北地方を襲った巨大地震の救援活動を見る時、組織力、能力において最後の砦は自衛隊である事は明らかでしょう。おそらく、異論のある人はいないと思います。その姿を目の当たりにされた被災者の方々は、自衛隊員に手を合わせていらっしゃることでしょう。それが自然な気持ちではないでしょうか。
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不明者の捜索活動

 しかし、我が国の政治家には、命令一下、危険を顧みず任務に赴く自衛隊を国会において「暴力装置」と呼んだ方がいました。言わずと知れた菅政権の前官房長官の仙石由人さんです。この人は、この度の自衛隊の働きを見て自らの不明を恥じ、先の発言を改めて陳謝したでしょうか。私の知る限りそれはありません。仙石由人という政治家は「誠意」のない人物であり、破壊思想の持ち主であり愛国心のかけらも無い人です。
 ローマ法王は科学的には間違っているのを承知しながらも「天動説」を認めません。それはカソリックの教義の権威を失墜させないためであり、権威の失墜によってカソリックの世界の崩壊が起こるのを知っているからでしょう。権威というのはどんな時でもぶれない事によって保たれますが、もしかすると仙石さんは、自らをローマ法王に擬したのでしょうか。そうであれば思いあがりも甚だしいと言えるでしょう。
 仙石さんは、高邁な思想の持ち主ではなく、単なる左翼思想に洗脳されたのであって仏教で言う「正見」を得ていないにすぎません。いや、「中国の恫喝に屈しない国」を読み進めて行くと、仙石さんのみならず我が国の現在の自民党をも含めた代議士や、世界にその頭脳の良さでは定評のある官僚達も、いかに「正見」が出来ないか良く分かります。
 近代日本最大の仏教学者、鈴木大拙師は「初めに山が山に、川が川に見えていたのが、修行を進めるうちに山が山ではなく、川が川ではなくなった。更に修行を進めて行くと再び山が山に、川が川に見えるようになった」といった意味の事を述べてあります。つまりは、「知」によって曇っていた目が修行により「正見」の域に達したという事ではないでしょうか。西村さんの前掲の本には、日本の政治家に「正見」が無いために定見を持てないことが、元CIA東アジア部長アーサー・ブラウン氏との対談に出てきます。
 そこに出てくるのは加藤紘一、元自民党幹事長が実名を挙げられ拉致被害者が帰国した時「国家と国家の問題だから帰した方が良かった。帰さなかったからそれが今、日朝の問題を解決できない理由だ」とのべたと書かれています。この事実から見ると、加藤紘一さんは、拉致を国の主権が侵された屈辱とは考えず、商取引の貸借関係や収支決済と同じ感覚で捉えていたのではないでしょうか。彼には絶対に譲れない事、譲歩できない事の基準が無かったのです。つまりは加藤さんには事の軽重の理が全く分からない政治家としての欠陥を見ます。それはまた国民に対する愛情よりも他国に対する友好の心情を優先する人格的な欠陥でもあります。
 余談ながら、福岡県出身で加藤氏の盟友であった某元代議士も「類は友を呼ぶ」の諺通り親北朝鮮になって怪しげな動きをした人であり、国民を欺き、「俊馬も老いては駄馬」を実感させる人でした。
 我々国民から仙石さん、加藤さんの言動を見ると、二人に共通するものは政治家としての物の考え方に「原則」が無い事です。その原則とは「かけがえのない母国は日本」であり「日本の主権を守り、その権威を貶める真似は絶対に出来ない」という哲学です。
 誤解を恐れずに言えば、外からの理不尽な干渉や侵害は断固として排除すると言った攻撃精神が無いのです。つまりは彼らにとっての日本は「誇れる我が国」では無いのでしょう。「国の主権を守ることは、何にもまして優先する」のが世界の常識であり、説明を要しない通念であるのですが彼らにはそれが欠落しているとしか思えません。
 「日本の政治家は幸せである。当選すれば無条件に”先生”とあがめ奉られ、”私には難しい事は解らないから”と謙虚で遠慮深い選挙民からの突き上げはなく、それどころか地元に帰れば名士として下にも置かない扱いを受け、ヨーロッパから輸入制度の民主主義は本家に比べてまだ歴史が浅く、ジャーナリズムには本質を突く鋭い批判能力はなく、おかげで任期中は国の将来より自分の立場と保身に没頭し、その国益を研究し経綸を涵養するよりも政局と人間関係に身をやつしていれば、何時かは大臣という位階をも極めるのも夢ではないとは何と恵まれた人々か」と、常に、ジャーナリズムの鋭い追及と、選挙民の監視を受けている世界の政治家はいう事でしょう。
 そんな軽薄な輩が当選し、西村眞悟さんのような国士とも言える人が当選しないのか「みんな儚い水の泡」といった無常感が漂います。それは移り気な有権者が、サーカスの芸人みたいな政治家を選ぶからでしょうか。ならば、目覚めた有権者がせめて3割は欲しいところです。しかし、マスコミやジャーナリズムは木鐸の役目を果たさず真理を追究するより感情をあおる方向に走りがちです。そのような風潮の中にあって西村さんの論文には重厚な趣を感じます。
 まず、第一に感じるのは、西村さんの文には論調、語調の強さがあり、確信的な表現が多く、これが日本人の情操に合わないのではないでしょうか。読む方には強烈な気魄が圧迫感に感じられるのでしょう。しかし、西村さんの主張は、その論旨が明確に理解できます。おそらく論理学には相当長けておられ、その手法で文章が綴られているように思います。
 その論理学を土台とした論説は極めて解り易く、一例を取れば小沢一郎さんが一時期盛んに述べられていた「国連中心主義」を批判した論文の構成に見てとれます。
◎国家とは主権を保持するから国家である。
◎その主権は国防によって確保される。
◎したがって国防と主権は不可分である。

と原則を明記し。次にこう続けられ
◎国連中心主義とは国防を国連に委ね、主権を国連に移譲する事である。
◎ゆえに、国連中心主義とは主権と国防の放棄と同義である。

と言い当て、国連とは、日本人が描く正義の機関ではなく、旧連合国そのものだとの解釈の後、国連中心主義で日本を運営する時以下のような事が起こると一例あげられたのが、
①日本は国連で拒否権を発動したことは何もできない。
②拒否権の発動は中国が持っているのだから、日本は中国が同意した事だけが出来る。
③中国の拒否権は日本の為でなく、中国の利益の為に中国が決める。
④だから日本は中国の属国となる。
⑤ならば小沢さんの国連専用の軍隊を作って指揮を委ねると言う事は、中国の傭兵にな
ると言う事である。
⑥もし、我が国が我が国の領土と領海を守ろうとする、我が国の国家意思は
⑦中国に指揮された我が国の青年からなる国連軍に阻止される。
⑧つまり国連中心主義とは我が国を中国に売り渡す陰謀である。

と結んでいます。
 これほど理路整然と解説されたのは西村さんが初めてではないでしょうか。勿論小沢さんは、誤解、悪意のある解釈と反論するでしょうが(ただし、今まで反論されていない)、論理としては筋が通り可能性はゼロではありません。ゼロ以下コンマ数ケタの可能性であっても起こりうることは、今回の福島第一原発やスペースシャトルの事故が物語っています。
 そのほか、地方分権の強化による地域連合構想と外国人への地方参政権付与といった民主党が公約としている事項は結びついており、そこには外国人の意志や利益が反映され極めて憂慮されるどころか亡国であると訴えられています。民主党では既に、党内選挙では外国人に投票権があり、管さんはその外国人の投票によって選ばれた党首であって総理大臣が外国人によって選ばれたのと同じであると書いてあります。
 このように、民主党が行ってきた所業(習 近平の天皇陛下への謁見、子供手当の持つ意味等々)や、その歴史解釈、思想に平成の国難が迫っていると訴えられています。我々が印象的、感覚的にしか捉えていない社会の流れに潜む危機を教えられて様な気がします。
「誇りある日本の再生」の為には、ドイツにタイガー精神、イギリスにジョンブル魂があるように日本人が大和魂を取り戻さないと日本の未来はないでしょう。戦後は旧軍部の悪弊として全てを否定された精神主義の代名詞「大和魂」なくしては、その合理的精神や科学的思考も活かされないのではないでしょうか。そしてその大和魂の源は「欠点も至らぬところも多いにある。しかし私にはかけがえのない母国であり、私はここで生まれ育った日本人である。」という素直な愛国心であり、「正見」ではないでしょうか。

平成23年3月29日
福岡郷友連盟会員
守山善継

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この記事へのコメント

  1. 国民 より:

    紹介記事二つ。
    日本の原子力利権 ~原子力閨閥~
    水俣病と大気汚染公害など、あらゆる影を背負って、その内部から原子力発電所が誕生してきた。また、その影を背負って、薬害エイズが誕生してきた。それが、岸信介、鮎川義介、久原房之介、武田長兵衛、宗像英二、五島昇、中曽根康弘へとつながる一族を中心として生み出されたものであったことが、系図から見事に浮かびあがってくる。
    http://blog.trend-review.net/blog/2011/03/001934.html#more
    日本の原子力利権 ~政・官・産・学・マスコミの結託→暴走~
    原子力というひとつの巨大産業をめぐって、霞ヶ関の官僚がなぜ執拗にこれを推進しようとするのか、すでにこれまでの章で、かなりの答えが解き明かされた。
     彼らが間違った政策を変更しないのは、ただチェーホフが描いた小役人根性を捨てきれないからではなく、官僚世界の上部に立つ人間たちが、個人生活の利益を追及していたからである。
     また、御用学者が故意に科学をねじ曲げたのも、その官僚と相通じて、個人生活の利益を追及していたからである。
     この背後にあったのは、電力会社という企業体であった。
    http://blog.trend-review.net/blog/2011/03/001935.html#more
    全文はブログ「日本を守るのに右も左もない」でお願いします。

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